【第一回】「なぜ経産省を辞めて起業したのか?」リモノ伊藤社長の挑戦

創業手帳

株式会社rimOnO(リモノ) 代表取締役社長 伊藤慎介氏インタビュー(1/4)

元経済産業省の官僚という異例の経歴をもつ伊藤慎介社長は、なぜ15年というキャリアを捨てて起業の道を選んだでしょうか。そこには、国の未来に対する強い思いと、官僚ができることの限界がありました。「官僚もどんどん起業すればいいんですよ」。そう語る彼の目に、日本の未来はどう見えているのでしょうか。そして自動車はどう変わるべきでしょうか。お話を伺いました。(全四回)

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伊藤 慎介(いとう・しんすけ)
京都大学大学院修了後、通商産業省(現経済産業省)に入省。自動車、IT、航空機、などに関連する業務に従事。その後、省内でできることの限界や電気自動車の可能性を感じ、15年の勤務を経て同省を退官。2014年9月、工業デザイナーの根津孝太氏とともに株式会社rimOnO(リモノ)を設立。代表取締役社長に就き、新しいコンセプトの電気自動車開発に尽力している。

電気自動車の可能性を求めて

ーご経歴を教えてください。

伊藤:経済産業省の官僚を15年間やっていました。その間に通商産業省から経済産業省へと名前が変わりましたが、いろんな政策立案に携わりましたね。

分野的には、エコカーや次世代自動車戦略が最初の体験でしたが、IT分野を担当し、電気自動車をシステム全般に取り込んだ日本版スマートグリッド構想を立案しました。

その後は、クールジャパンや航空機などを経験した上で、2014年の夏に退官しました。

ーリモノはどういう経緯で設立されたのですか?

伊藤:原点は、電気自動車やスマートグリッドを担当していた頃に遡ります。電気自動車の可能性を昔から考えていて、これで何かイノベーションを起こせるんじゃないかと思っていたんです。

もう1つは「バッテリー技術」です。電気自動車は蓄電池、つまりバッテリーに充電した電気で動く車ですが、そのバッテリーがエネルギーシステムを変えていく、というところに可能性を感じたんです。

電気というのは貯められないものの典型なのですが、それを貯められるバッテリーが主役になることで起こせるイノベーションがあると思い、国家プロジェクトを立ち上げました。

しかし、実際に国のプロジェクトを立ち上げてからわかったことは、最初にプロジェクトを立案したのは私であっても、私自身が実行することができないということです。

結局、主体的に実行することができるのは、私の後に担当部署に異動してきた人やプロジェクトに参加している企業の人たちなんです。その企業の人たちが代わらなければ問題がないのですが、プロジェクトを立案した私が異動し、思いを共有していた企業の人たちが異動してしまう。

そうやって、プロジェクトを一緒に作ろうと立ち上がった人たちが変わってしまうと、当初の思いが受け継がれなくなっていって、結果的に「世の中で面白いことを起こそう」と言っていた気分みたいなものがだんだんしぼんでいくんですね。

そういった悔しさというのを肌身で感じながら、何か別のアプローチがとれないかなということを3年から5年くらいですね、悶々と悩んでいたんです。

そんなことを悩んでいた中、ちょうど2年半くらい前に、一緒に会社を立ち上げた「根津(根津 孝太『有限会社 znug design (ツナグ デザイン)』代表)」と出会ったんです。

彼は当時、電動バイクのzecOO(ゼクウ)を日本の中小企業と組んで開発していました。「自分が欲しいと思うものを作ると、世界中で1人ぐらい欲しがる人もいるだろう」っていう、大胆な仮説に基づく挑戦に挑んでいたんです。

それをテレビで見た瞬間からメチャクチャ面白いなと思いました。どうやれば彼に会えるだろうかと悶々としていたら、たまたま経産省の同僚が彼のコンタクト先を知っていて、2年半くらい前に会うことができました。

当初は電動バイクのzecOOを少しでも手伝えないかという思いで彼と会っていましたが、何度か会ううちに彼が携わっていた『Camatte(カマッテ)』というコンセプトカーに乗りに行く機会ができたんです。根津が古巣のトヨタと共同で開発したコンセプトカーです。

このクルマに乗った瞬間に「こういうクルマなら自分も欲しいし、世の中の人もそう思うのではないか」と思ったんですね。

その後、電動バイクもいいけど小さいクルマも捨てがたいですね、みたいなことを何度か言っていたら、「やるなら本気でやりましょう」という話になって、リモノという会社を一緒に立ち上げることになりました。それが今からちょうど1年くらい前ですね。

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