元ソニー 天外 伺朗|「AIBOを作った男」の革新的なモノを生み出すフロー経営とは

創業手帳
※このインタビュー内容は2015年04月に行われた取材時点のものです。

天外伺朗氏インタビュー

数々の画期的な製品で業界をリードしてきたソニー社であるが、2000年代に入ってから苦戦を強いられている様子も見受けられる。その状況を間近に見て、成果主義経営の限界について考えを巡らせていたのが、当時同社でAIBOやQRIOなどのエンターテインメントロボットの開発を行っていた天外伺朗氏だった。かつてさまざまな革新的なモノを生み出していた頃のソニーは「燃える集団」であったと言う。欧米流の成果主義とは異なる発想で、いかにしてそのような組織作りができるのか。また、そのカギである「フロー経営」とは何か。天外氏にお話を伺った。

アイボ
革新的なモノを生み出す「フロー経営」とは

ソニーの生み出した革新的な商品の一つAIBO(アイボ)。当時ソニー常務だった天外伺朗氏率いる技術者集団が開発した。革新的な商品を生み出す天外氏の提唱する「フロー経営」とは

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天外 伺朗(てんげ・しろう)
本名・土井利忠。工学博士。東京工業大学電子工学科卒業後、42年間ソニーに勤務。コンパクトディスク、犬型ロボットAIBOなどの開発を主導。音声対話能力のある2足歩行ロボットQRIOを開発した後、人工知能と脳科学を統合した新しい学問「インテリジェンス・ダイナミクス(動的知能学)」を提唱した。上席常務を経て、ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所(株)所長兼社長などを歴任。現在は、企業経営者のためのセミナー「天外塾」を開催するほか、医療改革や教育改革にも携わっている。

「燃える集団」だったソニー

ー天外さんはそもそもなぜ成果主義経営に疑問を持つようになったのでしょうか?

天外:2003年の春にソニーの株が暴落し、つられて日本中の株が暴落するという信じられない出来事が起こりました。ソニーは90年代にアメリカ流の成果主義経営を導入したことにより、かつての勢いを失ってしまったと私は考えています。

ただ、その時点ではまだ僕らは何が起こったのかよく分かっていませんでした。実はその2年前に会社のカウンセラーが僕のところに訪ねて来て、「社員が疲弊していて大変な状況になっている。助けて欲しい」と言うんです。それで私は状況を改善するために、あの手この手を2年間一生懸命考えていたわけです。

ーどのようなことを考えていたのでしょうか?

天外:僕自身はその頃AIBOなどのエンターテインメントロボットの商品開発をやっていましたが、開発チームはものすごく燃えていて良い状態にありました。もちろん、そのようなチャレンジングなプロジェクトをやっていると、日常的にどうにもならない状況に遭遇します。普通はそこでめげてしまいますが、大ヒットしたプロジェクトを振り返ってみると、ある時どこかのタイミングで「ポンッ」とスイッチが切り替わって難局を突破できる体制ができていた。一旦良い流れに乗ると、アイディアが湯水のごとく沸いてくるわけです。ソニー本来の良さ、組織本来の良さが発揮された状態で、僕はこれを「燃える集団」と名付けました。

この「燃える集団」をいかに作るかが僕のテーマでしたが、ある時、同様のテーマをアカデミックに研究している分野として、アメリカの心理学者で当時シカゴ大学の教授であったチクセントミハイ氏による「フロー理論」というものがあることを知りました。

2003年の秋頃、出井さんから「TEDカンファレンスという集まりがサンフランシスコであるから行ってきてくれないか」と話がありました。その時僕はソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所の設立準備をしていたので忙しいと断っていましたが、プログラムを見たらチクセントミハイ教授が講演するということが分かり、アメリカに出かけて行ったのです。

当時僕は『運命の法則』という本を執筆中で、ちょうど第一章を書き終えた頃でした。著書の中では「共時性が見つかったら積極的に何かやってみよう」というアドバイスを書いていました。共時性とはユング心理学の用語で、シンクロニシティ(synchronicity)とも呼ばれまして、「意味のある偶然の一致」のことです。早速、チクセントミハイ教授とランチの約束を取り付けました。

それで教授とカリフォルニアで美味しい天ぷらを食べながら話をしていると、彼から「今このタイミングであなたと会うのは共時性を感じる」と。何かと思ったら、その後控えていたプレゼンの最初の資料がソニーの設立趣意書だったんです。その直前にソニーの役員とこうして話せるなんて、すごい共時性を感じると言ったんですね。実際講演が始まってみたらその設立趣意書が英語で出てきて、彼は「これがフローに入るコツだ」と話し始めた。悔しい思いが募りましたね。

ーそれはなぜですか?

天外:ソニーの創業期は会社全体がフローに入っていたというのは僕も分かっていて、その後、アメリカ流の合理主義を持ち込んだ2000年以降不調になっていった。それなのに、アメリカ人がアメリカ人相手に合理主義と正反対のフロー経営の話をして、しかもそのお手本が創業期のソニーだと。怒りが込み上げてきて、それから僕は経営分野の研究に突っ込んでいったんです。

フロー理論をサッカーに取り入れた岡田監督

ーそこが始まりだったんですね。

天外:その後出版した『運命の法則』が、日本経営合理化協会の目に止まり「経営塾をやって欲しい」と声が掛かりました。当時はずっと技術畑にいて経営には興味がなかったのですが、よく聞いたら、声を掛けてくれた人が中村天風(日本初のヨーガ行者、思想家)を発掘した人で、中村天風がまったく知られていなかった頃に彼の講演テープを集めて本にして出版していた方だったんです。それを聞いて、誘いに乗ることに決めました。この本によって運が開けたわけです。

ーその後の展開は?

天外:その流れで天外塾という経営塾を始めました。それが評判を呼んで、ある時サッカーの岡田武史監督が来たんです。岡田監督は元々きっちり指示命令をするタイプの指導者で、管理型マネジメントによってうまくいっていた。J1で優勝する程度だったらこれでいけるだろうと思っていたようですが、先を見据えて新たなマネジメント手法を一生懸命探っていたようです。管理型の限界を感じていたんですね。選手たちが生き生きと自主的に動くマネジメントはないだろうかと。その時に、上から指示命令をしない天外塾の考えに感銘を受け、彼は熱心に全6回の講義すべてに出てくれました。

ー岡田さんはどのようなところに共感したのでしょうか。

天外:初回の講義で僕がスポーツの話をしたのです。人間の大脳には新皮質という部分がありますが、この新皮質でスポーツをやろうとすると、計算時間が遅すぎるためボールが通り過ぎても計算が終わらない。運動は古い脳がやるものなので、そこに新しい脳が出てくると全部がおかしくなってしまうんですね。脳科学的に見ると、運動している時にこの脳の新しい部分がごちゃごちゃ言ってくるのを何とかシャットダウンしないといけない。

つまり、新皮質が優性になっているとフローに入らないということです。岡田さんはその点に共感されたようで、その後日本代表監督になったと同時に早速フロー経営を実践されました。だけど最初のうちはそのやり方がものすごく叩かれまして、僕も一緒に叩かれましたよ。

ただ岡田さんはものすごく工夫をする人で、僕の考えをもとに「指示命令をしないつぶやき作戦」ということを実践していました。例えばシンプルにボールをつなぐというのがチームのコンセプトで、監督はドリブルについて指示を出したい。ところが「ドリブルしろ」なんていう指示を出したら、選手側の脳の新皮質が働いて動きが0.2秒遅れてしまう。そこで岡田さんは、試合のビデオを観ている時に誰かが良いドリブルをしていたら「良いドリブルだ」とつぶやいたわけです。

そういったことをものすごくいろいろ工夫した結果、2010年の南アフリカのW杯では見事16強に入りました。当時のチームはレベルがあまり高くなかったにも関わらず、選手みんながフロー状態に入ったことによって、自分たちより格上のチームに勝って16強になったわけです。

フロー体験は誰もが経験しているはず

ー創業者は、どのように「フロー」を活かせば良いでしょうか?

天外:経営者というのはさまざまな葛藤が強く、特に創業者はその傾向が強いですね。創業は大変な努力が要求されるので、それを乗り切るには経営の才能以外にエネルギーが強くないとできません。つまり多くの創業者は、葛藤のエネルギーを使って創業してくる。ボクシングでよくハングリー精神と言いますが、あれがまさに葛藤のエネルギーです。このエネルギーに満ちている時は管理型経営ができますが、前出の「燃える集団」のように、社員が自由にやれるフロー経営はできません。創業者自身が先頭に立っている時は生き甲斐を感じてうまくいきますが、一方で社員は疲弊していく。ハッキリ言ってこれでは会社が長続きしません。フロー経営は、創業者の葛藤のエネルギーがある程度おとなしくなっている状態で実現します。

ーでは、どうすれば経営者は葛藤のエネルギーをコントロール出来るのでしょうか?

天外:こうしようと思ってもそう簡単には変われませんから、例えば私の天外塾では瞑想を使ったり、いろいろな方法論でやっています。私が以前出した『問題解決のための瞑想法-内なるモンスターを鎮めて人生を変える』という本には、いろいろな瞑想法が書いてあります。

ー天外さんがAIBOを開発されている時はフロー状態でしたか?

天外:そうですね。そうでないとあんな奇跡を起こすようなプロジェクトは成功できなかったと思います。一方で、奇跡が起こるほどのフローではない、もっと浅いフローもあるんですね。チクセントミハイ教授はマイクロ・フローという言い方をしていますが、お茶を飲んでいる時でもフロー状態入ることはあります。例えば急に思い立って旅行に行こうとなった時、何だかバタバタとうまくいくことがありますよね。フロー経営という言葉を知らなくても、皆さんきっと体験していますよ。

フロー経営に関しては、「人間性経営学シリーズ」という著書を6冊出しています。その6冊とは別に『名経営者に育った平凡な主婦の物語』という漫画を出しましたが、これを見ていただくとフロー経営がよく分かると思います。

ー『名経営者に育った平凡な主婦の物語』について、どういった内容なのか少し教えていただけますか?

天外:主婦の方が旦那に言われてチェーンのコーヒー店を経営していましたが、滅茶苦茶だった経営がフロー経営を取り入れたことによってあっと言う間にうまくいった。そんな実話を漫画にしました。これは先ほどの話で言うと、主婦なので葛藤が少ない分簡単にフロー経営ができたということです。もう1つは、その方が学生時代から熱気球にのめり込んでいたので、仕事以外のところでフロー体験をしていたために簡単にフロー経営ができてしまった。でも普通の経営者はそうはいかないとは思いますが。

ー経営者が社員にやる気を促すにはどうしたら良いのでしょうか。

天外:社長は社員に仕事を任せてもうまくいかないのではないかという不安を感じています。ところがその不安は意識の表面にある不安であって、意識に昇らない奥底には別の不安が潜んでいます。それは、もし社員に仕事を任せてうまくいってしまうと、自分の存在価値がなくなるのではないか、という不安です。つまり、表面的な不安とは正反対に、任せてうまくいってしまったら大変だ、という不安が無意識レベルに潜んでいます。それに気が付くことが大切なポイントですよね。でもみんなそこに気が付かない。特に葛藤の強い人は難しいですね。心の中でコントロール願望を持ったまま部下に仕事を任せても、絶対にうまくいきません。

これはコーチングも同じで、社長が円滑にコミュニケーションを取ろうとコーチングを勉強しても、社員に対してコーチングをやるとうまくいかない。1つは上下関係があるのが原因で、もう1つはコントロール願望がある状態でやってしまうからです。それと同じで、コントロール願望を秘めたまま仕事を任せてもうまくいくわけがないということです。例えば私の天外塾では深層心理的なワークがたくさんあって、それらを経てフロー経営ができるように指導しています。

編集部まとめ
  • 日本的経営から欧米式経営に変わったがその過程で失われてしまったものもある。
  • 集団が自発的に動く「流れ(=フロー)に乗っている状態」は誰しも経験がある方が多いはず。
  • 「フロー経営」では経営者のコントロール願望を制御して社員の自発的な意欲を引き出す事を重視。
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