革新的なモノを生み出すフロー経営とは「AIBOを作った男」天外伺朗氏インタビュー 

創業手帳

天外伺朗氏インタビュー

数々の画期的な製品で業界をリードしてきたソニー社であるが、2000年代に入ってから苦戦を強いられている様子も見受けられる。その状況を間近に見て、成果主義経営の限界について考えを巡らせていたのが、当時同社でAIBOやQRIOなどのエンターテインメントロボットの開発を行っていた天外伺朗氏だった。かつてさまざまな革新的なモノを生み出していた頃のソニーは「燃える集団」であったと言う。欧米流の成果主義とは異なる発想で、いかにしてそのような組織作りができるのか。また、そのカギである「フロー経営」とは何か。天外氏にお話を伺った。

アイボ
革新的なモノを生み出す「フロー経営」とは

ソニーの生み出した革新的な商品の一つAIBO(アイボ)。当時ソニー常務だった天外伺朗氏率いる技術者集団が開発した。革新的な商品を生み出す天外氏の提唱する「フロー経営」とは

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天外 伺朗(てんげ・しろう)
本名・土井利忠。工学博士。東京工業大学電子工学科卒業後、42年間ソニーに勤務。コンパクトディスク、犬型ロボットAIBOなどの開発を主導。音声対話能力のある2足歩行ロボットQRIOを開発した後、人工知能と脳科学を統合した新しい学問「インテリジェンス・ダイナミクス(動的知能学)」を提唱した。上席常務を経て、ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所(株)所長兼社長などを歴任。現在は、企業経営者のためのセミナー「天外塾」を開催するほか、医療改革や教育改革にも携わっている。

「燃える集団」だったソニー

ー天外さんはそもそもなぜ成果主義経営に疑問を持つようになったのでしょうか?

天外:2003年の春にソニーの株が暴落し、つられて日本中の株が暴落するという信じられない出来事が起こりました。ソニーは90年代にアメリカ流の成果主義経営を導入したことにより、かつての勢いを失ってしまったと私は考えています。

ただ、その時点ではまだ僕らは何が起こったのかよく分かっていませんでした。実はその2年前に会社のカウンセラーが僕のところに訪ねて来て、「社員が疲弊していて大変な状況になっている。助けて欲しい」と言うんです。それで私は状況を改善するために、あの手この手を2年間一生懸命考えていたわけです。

ーどのようなことを考えていたのでしょうか?

天外:僕自身はその頃AIBOなどのエンターテインメントロボットの商品開発をやっていましたが、開発チームはものすごく燃えていて良い状態にありました。もちろん、そのようなチャレンジングなプロジェクトをやっていると、日常的にどうにもならない状況に遭遇します。普通はそこでめげてしまいますが、大ヒットしたプロジェクトを振り返ってみると、ある時どこかのタイミングで「ポンッ」とスイッチが切り替わって難局を突破できる体制ができていた。一旦良い流れに乗ると、アイディアが湯水のごとく沸いてくるわけです。ソニー本来の良さ、組織本来の良さが発揮された状態で、僕はこれを「燃える集団」と名付けました。

この「燃える集団」をいかに作るかが僕のテーマでしたが、ある時、同様のテーマをアカデミックに研究している分野として、アメリカの心理学者で当時シカゴ大学の教授であったチクセントミハイ氏による「フロー理論」というものがあることを知りました。

2003年の秋頃、出井さんから「TEDカンファレンスという集まりがサンフランシスコであるから行ってきてくれないか」と話がありました。その時僕はソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所の設立準備をしていたので忙しいと断っていましたが、プログラムを見たらチクセントミハイ教授が講演するということが分かり、アメリカに出かけて行ったのです。

当時僕は『運命の法則』という本を執筆中で、ちょうど第一章を書き終えた頃でした。著書の中では「共時性が見つかったら積極的に何かやってみよう」というアドバイスを書いていました。共時性とはユング心理学の用語で、シンクロニシティ(synchronicity)とも呼ばれまして、「意味のある偶然の一致」のことです。早速、チクセントミハイ教授とランチの約束を取り付けました。

それで教授とカリフォルニアで美味しい天ぷらを食べながら話をしていると、彼から「今このタイミングであなたと会うのは共時性を感じる」と。何かと思ったら、その後控えていたプレゼンの最初の資料がソニーの設立趣意書だったんです。その直前にソニーの役員とこうして話せるなんて、すごい共時性を感じると言ったんですね。実際講演が始まってみたらその設立趣意書が英語で出てきて、彼は「これがフローに入るコツだ」と話し始めた。悔しい思いが募りましたね。

ーそれはなぜですか?

天外:ソニーの創業期は会社全体がフローに入っていたというのは僕も分かっていて、その後、アメリカ流の合理主義を持ち込んだ2000年以降不調になっていった。それなのに、アメリカ人がアメリカ人相手に合理主義と正反対のフロー経営の話をして、しかもそのお手本が創業期のソニーだと。怒りが込み上げてきて、それから僕は経営分野の研究に突っ込んでいったんです。

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